大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和57年(行コ)23号 判決

控訴人(原告) 財団法人天下一家の会

被控訴人(被告) 熊本地方法務局登記官

訴訟代理人 都築弘 金丸義雄 南新茂

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五二年一二月一〇日付けでなした別紙記載の登記の抹消処分はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正補足するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表一一行目、同五枚目表二行目、同七枚目表二行目、同裏九行目、同八枚目表二行目、同三行目、同五行目、同一〇行目、同一二、一三行目、同裏四行目、同五行目、同一三行目、同九枚目表五、六行目、同一一行目、同最終行、同裏三行目、同四行目、同九行目、同一〇枚目表一二行目、同一一枚目裏二行目、同一二枚目裏七行目、同一三枚目表九行目、同裏一行目、同一四枚目表七行目、同八行目の各「寄付行為」をそれぞれ「寄附行為」と改める。

2  控訴人の補足主張

(一)  本件処分の適否を判定する裁判所においては、登記の効力の有無につき司法審査をなすものであり、登記官のように行政審査をなすものではないから、その判定の基礎とされるべき資料は、登記官が行政審査により本件処分をなした際に存した登記簿、登記申請書及びその添付書類に限られず、その後口頭弁論終結時までに顕出されたすべての資料に及ぶべきものである。したがつて、本件においても、登記官の審査手続後に提出された資料によるものではあつても、新理事の選任行為が有効とされる事情のあることが明らかとなれば、本件処分は非訟事件手続法一二四条によつて準用される商業登記法一一〇条、一〇九条所定の「登記された事項につき無効の原因」がないにもかかわらずこれがあるものとしてなされた違法な処分としてこれを取消すべきである。

しかして、本件においては、これまでに主張したとおり、財団法人肥後厚生会の設立以来の真正な寄附行為には、役員の「任期伸長規定」、「退任者が権利義務を有する旨の規定」が設けられており、このことは登記官の審査時には提出されていないものの、本訴において書証として提出された甲第八号証(設立趣意書写)によつて明らかである。しからば、右各規定が存する場合は退任理事には後任理事の選任権が存するというべきであるから、本件新理事選任行為は有効といわなければならない。

また、理事選任の登記は効力要件でなく対抗要件にすぎず、登記の存否や有効無効とかかわりなく実体上の理事選任の効果は発生することから、控訴人には本件資産増加時には寄附を受ける代表者が実体上存在し、贈与契約の当事者ともなり得たものである。したがつて、本件資産の総額変更も有効とみるべきである。

しからば、右の各点に関する本件各登記は有効であつて、これを抹消した本件処分は取消されるべきである。

(二)  登記官はもともと登記申請に対して実質的審査権を有しないものであつて、非訟事件手続法一二四条によつて準用される商業登記法一一〇条一項、一〇九条一項二号本文、一一二条等によれば、登記官は登記された事項につき無効の原因があることを発見したときは登記を抹消しなければならない旨定められているが、これとても審査権の及ぶ範囲は当該登記簿、登記申請書及びその添付書類のみであり、これらの書類上から明白に登記された事項につき無効の原因が見出される場合に限定されるのである。

しかして、仮に、任期満了による退任理事につき寄附行為に任期伸長規定が存しない場合であつても、「急迫な事情」があるときには右退任理事も後任理事選任の権限を有するものであるところ、右「急迫な事情」の存否は実体的な判断であつて、しかも当該登記簿、登記申請書及びその添付書類上から判断できるものでもない。したがつて、右「急迫な事情」の存否の判断は登記官の形式的審査権の範囲外にあるというべきであり、その範囲を逸脱してなされた本件処分は取消されるべきである。

3  補足主張に対する被控訴人の反論

(一)  本件訴えは、本件処分が違法であることを理由としてその取消を求めるものであるから、本件訴訟における司法審査の対象は本件処分時における本件処分の適否そのものである。しかして、取消訴訟の審理の対象となる処分の適法性とは、当該処分がその根拠法規に定められた要件に適合していることを指す。そこで、本件をみるに、非訟事件手続法一二四条、商業登記法一〇九条ないし一一二条によれば、登記官は、登記簿、登記申請書及びその添付書類等法律上許された資料によつて登記された事項につき無効の原因があることを発見したときは、当該登記を抹消することができる旨定められている。このように、登記官がする登記の職権抹消処分は、法が許容する一定の資料だけに基づいてなされなければならないものであつて、したがつて、司法審査におけるその適否の判断も、かかる法によつて許容された資料の範囲内で行われるべきである。

仮に、控訴人主張のとおり、登記官の審査後口頭弁論終結時までに顕出された新たな資料によつて裁判所が本件処分を取消すことができることとなれば、裁判所が口頭弁論終結時に新たな行政処分をするのと同じことになり、三権分立の原則に反する結果を招来することになるから、不当である。

(二)  仮に、控訴人主張のとおり、登記事項の実体上の効力を云々して本件処分の取消を求めることができるとするならば、本件においては次の事実も考慮されなければならない。

(1) 本件処分にかかる登記申請書に添付された寄附行為(乙第二号証の四)と控訴人主張の原始寄附行為(甲第八号証)とでは、理事就任の登記事項に限つても理事の定数、選任方法、任期等においてかなり多くの相違点があり、また、新任の会長たる理事内村健一は熊本地裁において昭和五五年二月二〇日破産宣告を受け、この時点で理事の資格を喪失する(民法六五三条参照)など登記事項に関する事実面でも変化が生じている。

(2) 本件登記のうち事務所移転及び名称変更の各登記はいずれも寄附行為の変更に当るので、主務官庁たる熊本県知事の認可を受けなければその効力を生じない(民法三八条二項参照)ところ、右登記申請時はもとより現在に至るも控訴人は右の認可を受けていないことから、右各登記事項には実体上無効の原因があることになる。

したがつて、本件においてこれらの事実を考慮すると、結局本件登記は本来許容されるべきではなかつたといわざるを得ず、これを職権抹消した本件処分が適法であることは明白である。

(三)  以上のとおりであるから、前記原始寄附行為が存在することの一事をもつて、本件登記が本件処分当時実体上有効であつたとして本件処分を取消すべきであるとする控訴人の補足主張は理由がない。

4  新たな証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由中の説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一七枚目表一行目、同一〇行目、同裏八行目、同一八枚目表一一行目、同裏六行目、同一九枚目裏四、五行目、同二三枚目表一〇、一一行目、同最終行、同裏五、六行目、同七、八行目、同一一行目、同一二行目、同二四枚目表八行目、同一一行目、同一二、一三行目、同二五枚目表七行目、同一三行目、同裏五行目の各「寄付行為」を「寄附行為」と改める。

2  同二〇枚目表一、二行目の「該当しないことも明白である。」を「該当するとは到底認められない。」と改め、同二一枚目表最終行の「(」の次に「前記」を挿入する。

3  控訴人の補足主張(一)について

本件処分は、登記官である被控訴人が、非訟事件手続法一二四条によつて準用される商業登記法一一〇条一項、一〇九条二号本文、一一二条に基づき、本件登記につき登記された事項に無効の原因があるとしてこれを職権で抹消した処分であるところ、原判決説示のとおり、同法においても不動産登記法と同様登記官の審査権について制度上所謂形式的審査権主義が採られ、登記官は登記簿、登記申請書及びその添付書類等法律上許された資料のみを基礎として登記の職権抹消処分の要否を判定すべきであると解される。

しかして、登記の職権抹消処分がなされた後同処分の取消請求訴訟が提起された場合、裁判所が判定の基礎とできる資料は、原処分において判定の基礎となつた登記簿、登記申請書及びその添付書類等法律上許された資料に限定されると解するのが相当である。なぜなら、右処分の取消請求訴訟は行政事件訴訟法三条二項所定の「処分の取消しの訴え」に該当し、同訴訟の訴訟物は正に当該処分の適否そのものであるところ、右のとおり原処分において判定の基礎となし得る資料の範囲が限定されている場合に、司法審査をなすべき裁判所において処分庁が資料とすべきでなかつた資料をもつて原処分の適否を判断できるとすることは、原処分の適否の判断の枠を越え処分庁が法律上ないし制度上なし得なかつた処分を司法審査の名のもとに行うことを許容することに帰し、不当と考えられるからである。また、商業登記法一一〇条ないし一一二条によれば、登記官は職権抹消に先立ち、登記をした者に対し、一月を越えない一定の期間内に書面で異議を述べないときは登記を抹消すべき旨を通知しなければならず、異議を述べた者がないとき、または異議を却下したときに登記を抹消しなければならないとされていることから、登記をした者においては右異議の段階で資料の補完が可能なのであるから、前記のごとく解してもその権利の保護にも欠けるところがないといわなければならない。

しかして、以上のことは本件においても全く同様であるところ、控訴人の右補足主張は、本件処分時はもとよりその異議の段階でも提出されなかつた(いずれも原本の存在及び成立に争いがない甲第四、第五号証によつてこれを認める)寄附行為の存在をもつて本件処分の適否の判定の資料とすべきことを前提とするものであるから、その前提において採用し難く、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

4  同補足主張(二)について

原判決説示のとおり、民法上の法人の理事について定款または寄附行為に任期の定めがあるのに「任期伸長規定」あるいは「退任者が権利義務を有する旨の規定」が設けられていない場合であつても、「急迫な事情」あるときは退任理事には受任者の善処義務として応急的に後任理事の選任権を行使し得る余地が残されていると考えられる。しかして、非訟事件手続法によつて準用される商業登記法によれば、登記官においては申請手続の適否等手続的な面だけでなく、登記事項の実体的効力についても審査権を有することは明らかであるが、その判断の資料について制度上形式的審査権主義が採用されていることに鑑み、登記官において右「急迫な事情」の存否を判断して登記の職権抹消処分を行うことが形式的審査権の枠内で可能であるか否かが問題となる。

そこで、右につき検討すると、民法上の法人についてはその理事の住所氏名は登記事項とされている(民法四六条)ところ、非訟事件手続法一二一条によれば理事の変更もまた変更登記事項とされ、理事に変更があつたときは登記事項の変更を証する書面を添付して変更の登記申請手続をなすべき旨定められている。したがつて、本件においても、前掲乙第一号証の一ないし三によれば、本件新理事就任を証する書面として登記申請書に控訴人の第八回理事会議事録及び役員就任承諾書が添付されていることが認められる。

しかして、民法上の法人については理事会議事録の作成は必要的措置とはされていないが、理事の任免等重要な事項が理事会の決議事項になつていて理事会においてこれらの決議がなされた場合には、決議の存否を明確にするため理事会議事録を作成することが望ましく、これを作成する場合には商法に定められた株主総会議事録(二四四条)及び取締役会議事録(二六〇条の四)と同様「議事の経過の要領及其の結果」を記載事項とすべきであると考えられる。また、右にいう「議事の経過の要領」とは、開会、提案、議事の要領及び討議の内容、表決方法、閉会などを指すと解するのが相当であり、退任理事が「急迫な事情」あるため後任理事を選任する場合には、右にいう「議事の経過の要領」として当然その旨議事録に記載すべきであると考えられる。

しからば、右にいう「急迫な事情」の存否の判断は、登記官の有する形式的審査権の枠内で判断可能な事項であり、申請書添付資料から右「急迫な事情」の存在を窺う余地の全くない場合に登記の職権抹消処分を行うことは、何ら違法でないといわなければならない。

しかして、本件においては、前記理事会議事録によれば、同議事録は理事会議事録として前記記載事項に副つた記載がなされており、これを仔細に検討しても、その記載内容から右「急迫な事情」が存在したことを窺わせる余地の全くないことが明白である。したがつて、補足主張(二)も理由がない。

二  以上によれば、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例